個人の時代が到来するのか?
<人工知能と人間の差>「きのこの山」と「たけのこの里」どちらが好きかを判定できるか? (平成27年10月31日付 mediagong(メディアゴン))の記事を見て驚きました。勝手な私の推測だったのかたけのこの里を好きの方が圧倒的多数だと思い込んでいました。私もたけのこの里の方が好きではありますが、半々だったとは。いかに自分の考えていることが当てはまっていないということの証左かもしれませんね。
これをビジネスで考えてみると、マーケティングというのは自分の好みとは全くかけ離れています。その他大勢の嗜好の類を把握しないと分からないことになります。しかし、それを嗜好性の問題だと断じています。いいねが多い方がそこに寄せる人を惹きつける。それはつまるところ、カリスマ性を帯びているかどうかなのでしょうか?それだと嗜好とはまた違う気もします。
しかし、納得できる部分もあります。今はそのような個人の好みが左右する時代となった、そういうことなのだと思います。いろいろネットで発信できるということはそれをすぐにでも受け取れる体制となったともいえます。ましてやスマホやタブレットに四六時中いそしんでいる人が多数と聞きます。この受け取り態勢は個々の好みをいやが応にも発揮する条件となっている。
そんな力を持った個人は一体何を思うのか?私にはそんな力はありませんが、はたから見たら脅威だなと思ってしまう。その脅威は団体にはなせない力を持つ。これからはそんな時代がどんどん到来してくるような気がします。これも黎明期なのでしょうかね。