首都札幌って仮説があるようですが
間宮林蔵の北海道地図は伊能忠敬研究会だけでなく関連団体「InoPediaをつくる会」も調査しているようですよ。
地図:伊能忠敬の北海道図、測量は間宮林蔵か…2団体分析(2014年8月18日毎日新聞)
江戸後期に伊能忠敬(1745〜1818年)測量隊が作製した蝦夷(えぞ)地(現北海道)図の完成版が、探検家・間宮林蔵(1780〜1844年)が測量したデータを基に作られた可能性が高いことが18日、伊能忠敬研究会と関連団体「InoPediaをつくる会」の調査で分かった。また、以下の議論があり、何だか面白いですね。
だが「間宮は探検家であり、これほど詳細な測量はできない」という見方や、反対に「間宮がすべて測量したのでは」という説もあった。ところで、養老 孟司さんは「本質を見抜く力」という本の中で「首都札幌」を考えているようです。その部分を引用します。
養老 僕もそう思って、前から「首都札幌」を考えています。なんでそんなことを考えるかというと、古くは日本の首都が北九州にあったのではないかという気がするからです。それが奈良、京都などの関西地区へ行って、その後、東京に来る。北九州-関西間と、関西-東京間とでは距離がだいたい同じです。その距離でさらに向かうと、今度は札幌になる・・・。乱暴な話しですけれども。 竹村 札幌が関東地方と同じ気候になるのであれば、あり得ない話しではありません。北海道は、東北六県プラス茨城、栃木という広さがありますからね。温暖化した未来では、北海道は大穀倉地帯として日本人にとっての切り札になります。実現するかどうかなんて分かりませんが、この仮説も面白いですね。ただ、温暖化が問題でこの話しが現実味を帯びてくるのであれば、北方領土問題はぜひとも解決しておきたい問題なように思えます。もちろん、日本の領土として。 北方領土問題対策協会のホームページには以下のことが書かれてあります。
日本で初めて全国の測量地図を作ったのは、佐原の伊能忠敬ですが、房総人で、初めて北方領土(国後島)を目撃したのも伊能忠敬であったと思われます。では、間宮林蔵は?って話しになりますが、研究が進んでほしいですね。

