カンニングする人たち、しない人たち。社会はこういう人たちで成り立っている。

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この記事を読んでまず思ったことはトイレのために「退出する」ことは許されたということです。でも入室は認められなかった。何て無責任なと思います。試験管もトイレのために退出する人が出たら退出する時の対応をしてほしいです。

 

今、退出したら入室できないけど良いのか?とか。でも、どうしても生理現象のことなので行きたいのであれば出る前に身体チェックをしてトイレについていき、使用するトイレをチェックしてから使用させて見えない範囲のところで待つとか。いくらでも対応できたと思います。これは対応の不備の問題です。

 

それから、カンニングさせないという目的についてですが、カンニングする人はします。それはその人の人間性の問題なのでこれだけ現代にたくさんの人がいる中でする人もいるのでしょう。その人はその程度の人なのでその程度の人生しか歩めないだろうと私は思うので徹底的に管理するのは無理だと思っています。

 

というのは私は中国のような監視社会はだめだと思っています。息が詰まる。

 

それからカンニングの問題でいえば、少し前に見た「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」ですが、これはカンニングする人たちが問題は簡単にとける天才たちだったという話しで、その人たちの知能の問題ではないという点が興味深いところでした。

 

社会はこういう人たちでまかなっている。いや成り立っているとでも言えば良いのでしょうか。もちろん、私はそんなことしないし、できない人間ですが。