アスリートとは才能、ではないのかも。

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桃田賢斗選手がこんなにバドミントンの才能があったとは。不祥事があっての復帰で1位になれたのかそれともそもそもが2位までたどり着いていたからその才能があったのか。ただ思うのはどちらにしても1位になったのであれば傲慢なままの1位より今の1位の方が価値があると誰もが思うでしょう。

 

そう考えるとアスリートとは才能、ではないのかもしれません。オーディエンスがいてこそと考えると、そこはアスリートの性か。傲慢になってしまったのもそこを見落としてしまったからといえます。

 

バスケ日本代表の買春不祥事行為はそれの最たるものです。ではそれはなぜなのか?一人でそこに立てるわけではないという身の程知らず、才能があったとしてその開花が自分だけの努力だという不認識ではないでしょうか。

 

才能の開花といえば自分の開花は一体いつ来るんだろうか?まだ来てないかな?