今まで表面化してこなかったLGBTの問題が顕在化され一歩を踏んだ。

野党が同性同士の結婚をめぐり相次ぎ法制化を提起しているようである。これは自民党杉田水脈議員の同性カップルは生産性がないという月刊誌への寄稿が端となっていることを考えれば、禍を転じて福と為すが起きた現象かもしれない。

 

しかし、社会はそうでなくてもそれを容認する動きが出ている。お茶の水女子大学が戸籍上は男性であるも女性だと認識する人の入学を容認し、その他の大学もその動きに追随しようとしているからである。

 

今までの男女差別に隠れた中で表面化することさえ許されなかったLGBTの方に表面化された差別が行われるようになったのは一つの時代の流れであり、一歩ではないかと思う。それを良いことというくくりではなく良い方向に向かうための一歩という意味で。

 

人種差別や宗教差別が世界では行われている中でそこの問題はスルーされている日本ではことさらこの性の問題は激しい気がしている。いや世界での方が凄いだろう?という声が聞こえそうだが、そうではなく日本特有の表面化しにくいという点で問題である。