医療の進歩に心や倫理的問題が私たちは追い付いていない。

妊婦の血液検査で胎児の染色体異常がわかる新出生前診断を一般診療として認める方針を日本産科婦人科がか決めたそうです。医療の進歩を嬉しく思うと同時に人間には知らないことはあっても良いのかなという葛藤が交差します。それは旧優勢保護法の強制不妊治療で人生を壊された人がいるということを少し前に知ったからかもしれません。検査で障害を持っていることが分かればおろしますか、それとも産みますか?

 

今はパラリンピックが行われていますが、その方たちの親父はもちろん選手である子供たちを誇りに思っていると思いますが、育てるのは相当な苦労と根気がいるためおろすことが悪いとは誰も言えません。むしろ、生まれた後に無下な扱いをするのであればそちらの方が良かったといえるかもしれません。

 

それは社会の寛容さにもあらわれてきます。相模原障害者殺傷事件では犯人が優性と劣性の問題が取り上げられ、今ではその語は顕性と潜性に言い換えられていますが、言葉だけでなく私たちも寛容さを取り入れないといけないのでしょう。

 

クローンもそうですが、私たちは医療の進歩に心や倫理的問題が追い付いていないことに未熟を感じざるを得ませんね。